発作性夜間ヘモグロビン尿症の治療

治療方針メモ 診療ガイド

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病態・予後

発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria,PNH)は、PIG-A遺伝子に後天的変異 を持った造血幹細胞がクローン性に拡大した結果、補体による血管内溶血(クームス陰性)を主徴とする造 血幹細胞疾患である。再生不良性貧血(aplastic anemia,AA)を代表とする後天性骨髄不全疾患としばしば合 併・相互移行する。血栓症は本邦例では稀ではあるが、PNHに特徴的な合併症である。また稀ではあるが、 急性白血病への移行もある。 

診断後の平均生存期間は、日本が32.1年とアメリカの19.4年に対し長かったが、50%生存期間では、日本が25.0年、アメリカが23.3年と差はなく、Kaplan-Meierの生存曲線でも統計的に有意差はなかった。しかしながら、これまでに報告された50%生存期間と比べると、比較的長いものであった。


治療薬・治療法 


エクリズマブ  

エクリズマブ(ソリリス)は、補体C5に対するヒト化単クローン抗体であり、終末補体活性化経路を完全に阻止することで溶血を効果的に防ぐことができる【Ib】。

エクリズマブ治療は、溶血のため赤血球輸血が必要と考えられ、今後も輸血の継続が見込まれる患者が対象となる。治療開始の基準となる明確な値は設定されていないが、GPI欠損赤血球クローン(PNHタイプIII)が10%以上のPNH症例で、補体介在性の溶血所見 (LDH値が基準値上限の1.5倍以上)を有し、溶血のため赤血球輸血の必要性が見込まれる患者に投与される ことが望ましい

エクリズマブ投与により、髄膜炎菌による感染症のリスクが高まるため、少なくとも治療 開始2週間前までに髄膜炎菌ワクチンを接種する(保険未収載)。

エクリズマブの投与方法は、導入期となる 最初の1ヶ月は、毎週1回600mgを25~45分かけて独立したラインより点滴静注する(計4回)。さらに1週 後からは1回900mgに増量し、これを維持量として隔週で投与する。  

2002年の11例を対象としたパイロット試験以来、国内外で3つの主要な多施設共同臨床試験(87例を対 象とした二重盲検の第III相試験TRIUMPH110)、97例を対象としたオープンラベルの第III相試験SHEPHERD、 国内の29例を対象としたオープンラベルの第Ⅱ相試験(AEGIS)が実施された。それぞれの試験における エクリズマブの溶血阻止効果を、血清LDHの変化として図11に示した。

TRIUMPH試験では、投与前に平均 2000 U/L台であったLDH値は、初回投与後から急速に減少し、2回目投与以降は基準値を若干上回る300U/L 前後で安定し、26週まで維持された。26週までのLDHの平均曲線下面積をプラセボ群と比較すると、エクリ ズマブ投与群では実に85.8%の減少を示した。

この顕著な溶血阻止効果により溶血発作回数や輸血回数が減少し、遊離ヘモグロビンによる一酸化窒素(NO)除去作用に伴う平滑筋攣縮関連の臨床症状(嚥下困難、腹 痛、呼吸困難、勃起不全など)も改善した。このようなエクリズマブによる良好な溶血阻止効果および患者QOLの改善効果は、全ての臨床試験で再現された【IIb】。さらに、一部の症例では血栓症発生リスクの軽減、 慢性腎機能障害の改善、潜在的肺高血圧症の改善などの副次的効果が期待されることも明らかとなった。

副作用に関しては、頭痛(約5割)、鼻咽頭炎(約4割)、悪心(約2割)などが比較的高頻度に認められ る。海外では、ワクチン接種にもかかわらず、重篤な髄膜炎菌感染症の合併患者が報告されており注意が必要である。  

エクリズマブはPNH治療を一変させたが、課題も残されている。例えばエクリズマブはPNHクローンを減少させることはできず、治療によりむしろPNH赤血球は蓄積・増加するため、薬剤中止により激しい溶血が 起こる可能性も懸念されている。さらに、残存するPNH赤血球の膜上にはC3が蓄積することで、血管外溶血 が顕性化する。また、骨髄不全に対する改善効果は認めず、本質的なPNH治療とはならない。患者は、定 期的なエクリズマブの静脈投与を長期間にわたり受ける必要があることから、精神的負担や高額な医療費負 担への配慮も必要となろう。   


副腎皮質ステロイド薬 

Issaragrisilらは、肉眼的ヘモグロビン尿がみられ、かつ赤血球輸血を要するPNH 19例(男性:女性=16: 6;年齢中央値26歳)を対象としてプレドニゾロン 60 mg/日の隔日投与を行った。8例はヘモグロビン濃 度の改善および赤血球輸血の非依存性を認め、3例では赤血球輸血を必要としたものの、ヘモグロビン濃度の増加を認めた。しかし、1例もヘモグロビン濃度は正常のレベルには回復しなかった。PNHの診断からプレドニゾロン開始までの期間が長い症例では、血液学的効果が得られ難く、また、不応例の治療開始時の年齢は有効例と比較して高かった【Ⅲ】。Shichishimaらは補体感受性赤血球の割合が50%以上で肉眼的ヘモグロビン尿を認める3例においてプレドニゾロンの継続投与を行った結果、いずれの症例においても肉眼的ヘモグロビン尿の頻度が低下し、2例では補体感受性赤血球割合の減少を観察している【Ⅲ】。肉眼的ヘモグロ ビン尿を呈するPNH症例の一部においては、プレドニゾロン投与が貧血の改善や肉眼的ヘモグロビン尿の頻 度の減少に有効な場合が確かにあり、副作用に対する対策を十分に行い試みられても良い治療と思われる。 しかし、一方、特に慢性期のプレドニゾロンの使用に反対する専門家もいる事は事実である【Ⅳ】。  副腎皮質ホルモンの大量投与(プレドニゾロン30~60 mg/日)は溶血発作時において、その程度の軽減とその期間の短縮に有用とされる【Ⅳ】。ただし、溶血発作の誘因が感染症の場合、プレドニゾロンの大量投与が感染症の増悪をもたらす可能性があるので、その投与には慎重に対処すべきである。

輸血療法 

溶血発作時の急速なヘモグロビン低下あるいは骨髄不全のために、高度な貧血をきたす場合は輸血を要することがある。輸血の際、血漿に含まれる補体や免疫グロブリンなどを除去した洗浄赤血球輸血が用いられてきたが、通常の赤血球輸血で実際に溶血をもたらせた事例は極めて少ないとの報告があり【Ⅲ】、洗浄赤血球輸血が本当に必要であるか疑問視されている。一般的に用いられている赤血球濃厚液(RCC)は血漿成分が僅かなので、これで支障は生じないように思われる。溶血発作のコントロールが困難で輸血が必要な場合は、輸血を比較的多量に行ってヘモグロビンレベルを一定レベル以上に上昇させれば、異常PNH血球の産 生が抑制され、正常赤血球の比率が相対的に増えて、溶血が軽減する効果が期待できるという考えもあるが、 適正な輸血量に関しては十分に検証されていない。

鉄剤・葉酸

溶血の強いPNHではヘモグロビン尿、ヘモジデリン尿を来たし鉄を喪失するため、多くの症例で鉄欠乏状態となっている。したがって鉄剤の経口投与は有効と考えられるが、投与後にヘモグロビン尿が増悪する可能性があるので注意が必要である。これは、鉄剤投与により補体感受性の高いPNH赤血球の産生が亢進するためと考えられる。鉄剤投与は軽症例では差し控えるのが望ましいが、経過の長い症例や重症例では輸血量 を軽減することが期待されるので投与すべきと考えられる。その際は少量から開始し、溶血の誘発を慎重に観察する必要がある。鉄剤投与により溶血が誘発される場合は、輸血によって赤血球産生を抑制しながら鉄を補充していくことも試みてよい。溶血の強いPNHでは、恒常的に赤血球産生が亢進しているので、葉酸の投与も必要であろう。

ハプトグロビン

PNH溶血の急性期(溶血発作時)に使用する。通常、成人では1回4000単位を緩徐に静脈内へ点滴注射す る。原則として肉眼的ヘモグロビン尿が消失するまで、連日投与する。ハプトグロビン(ベネシス)は血漿分画製剤であり、ヒトパルボウイルスB19等のウイルスを完全には不活化・除去することができないので、投与後の経過を十分に観察する。分娩後の溶血発作や溶血発作による急性腎不全に対してハプトグロビン投与が有効であったとする報告がある【Ⅲ】。

免疫抑制剤 

PanquetteらはPNH7例(骨髄不全型3例、古典的PNH4例)を対象としてATG(抗胸腺細胞免疫グロブリン) 20 mg/kg/dayを8日間投与し、反応群と不応群との臨床像の特徴を検討した(観察期間は0.4~2.75年。ATGに反応した3例はいずれも骨髄不全型で、古典的PNH例では反応がみられなかった。前者の治療前のデータは血小板数<30×109/L、 網状赤血球数<100×109/L、LDH<1,000 IU/L、総ビリルビン<17 mmol/Lであり、骨髄低形成および慢性の 軽度溶血が示唆される。ATGに反応した後も、慢性の溶血所見は治療前と同程度に存在した[Ⅲ]。PNHの少 数例でのcyclosporine単独ないしATGとの併用での報告はいずれもほぼ同様の結果であり、免疫抑制療法によりPNHクローンの割合に変化を認めていない【Ⅲ】。仲宗根らは古典的PNH3例に対してATG 15 mg/kg 5日間とcyclosporine 6mg/kgによる免疫抑制療法を行い、投与後1年には全例で貧血の改善を認めた ものの、2例で再燃したと報告している。また、ATG投与期間中に急激な溶血発作と血小板減少を認め、 3例とも赤血球および血小板輸血を要した【Ⅲ】。PNHに対して免疫抑制療法(特にATG/ALG)による治療 を行う場合、原因不明の重篤な溶血発作を起こすことがある点に注意すべきである【Ⅲ】。たとえ骨髄不全型PNH症例であっても、補体感受性赤血球の割合が高い際には、ATG/ALGの投与には細心の注意を払う必要がある。  Schubertらは著明な汎血球減少を伴う骨髄不全型PNH症例に対して、cyclosporineとG-CSFとの併用療法を行 い、全例で三血球系統の改善を認めたばかりでなく、PNHクローンの割合も減少したと報告した【Ⅲ】。本併用療法は一つのオプションとして考えて良いかも知れない。 骨髄不全型PNHで、かつ補体感受性赤血球の割合が10%以下の症例では、免疫抑制療法は奏効率が高いばかりでなく、比較的安全に行える治療法と考えられる【Ⅳ】。

G-CSF 

Ninomiyaらは細菌感染症を合併したあるいは外科手術の感染予防のため、PNH2例に対してG-CSFの投与を行い、臨床的に有用であったと報告した【Ⅲ】。Fujimiらは反復する腸炎に関連した溶血発作を伴うPNH 症例にG-CSFを投与したところ、いずれの病態も改善し、T細胞数の増加とT細胞機能の正常化を観察した【Ⅱb】。Jegoらは好中球減少に伴う反復性の感染症を合併するPNH症例に対して長期にわたりG-CSFを継続投与したところ、感染症は軽減し、溶血発作も輸血が不要な程度に軽快したと報告した【Ⅲ】。G-CSFは感 染症を合併した症例や反復性の感染症を引き起こす好中球減少を伴う症例において試みて良い薬剤と思われる。

蛋白同化ステロイド薬 

蛋白同化ステロイド薬は骨髄低形成を呈するPNHに有効であるといわれており、少なくとも約50%の症例 で何らかの有効性がみられている【Ⅲ】。

本邦の厚生省(当時)特発性造血障害調査研究班の結果では、 Fluoxymesterone投与群(最初の2週間は20~30 mg/日、3- 4週は15~20 mg/日、それ以降は5~15 mg/日) の有効率は45%であり、無治療群と比べ有意な赤血球数の増加が認められた94)【Ⅲ】。 また、蛋白同化ステロイド薬の長期投与例においては補体感受性赤血球の割合が増加する症例があるので、 その割合をモニターする事も重要である。

Danazoleは副腎皮質ステロイド薬やFluoxymesteroneが無効のPNH 症例に有効だとする報告(5例中4例で貧血や血小板減少の改善)があり【Ⅲ】、他の蛋白同化ステロイド薬が無効であったPNH例に対して試みる価値がある薬剤と思われるが、今後データの集積が必要である。

同種・同系造血幹細胞移植(HSCT)

エクリズマブの使用が可能となった現時点においてもHSCTはPNHに対する唯一の根治療法であるが、これまでの治療成績を表9に示す。これまでのPNHに対するHSCTの報告の殆どは少数例を対象としたものであり、 PNHに対する移植適応・至適な移植法と造血幹細胞ソースに関しては十分なエビデンスが蓄積されていないのが現状である。  
最も多数例をまとめたInternational Bone Marrow Transplantation Registry(IBMTR)のregistry dataの解析では、 骨髄破壊的前処置を用いたHLA適合血縁者間移植が大多数を占め、その2年生存率は58%である【Ⅲ】。

生着の有無が移植後の生存率に及ぼす影響は大きく、持続的な生着が得られた症例の生存率70%、それ以外の症例の生存率10%であった。一方で、非血縁者間移植を受けた7例では、生存は僅か1例でありgraft failure を含む様々な移植関連合併症がその主な理由であった。しかし、この成績の評価には、移植法の多様化・様々な支持療法の進歩といった最近の移植医療の進歩が反映されていないこと、血栓症の既往のある症例は除外して骨髄破壊的移植のみ施行されていることを考慮する必要がある。最近では、少数例ではあるがHLA適合同胞間移植に加えて、alternative donors(臍帯血を除 く)を用いたHSCTのより良好な移植成績も報告されている【Ⅲ】。  HLA適合同胞あるいは非血縁者をドナーとしたreduced-intensity HSCT(RIST)/骨髄非破壊的移植について も幾つかの少数例での検討結果が報告されている【Ⅲ】。移植前処置、幹細胞ソースは様々であるが、殆どの症例で生着とPNH細胞の根絶が達成されている。また、PNHに特徴的な合併症である血栓症を抱えての移植に於いても、比較的安全に移植が施行され、抗凝固療法が中止となり、血栓の再発が認められない事が 報告されている【Ⅲ】。 これらの報告から現時点で結論できることは、
(1)若年者で血栓症やその他の合併症を認めない症例では骨髄破壊的移植かRIST、血栓症やその他の合併症を認める症例ではRIST/NMSTが妥当な選択であること
2)造血幹細胞ソースとしてはHLA適合血縁者を第一選択とし、それ以外の場合は臍帯血を除くalternativeドナーからの移植も妥当な選択であること、(臍帯血に関しては十分なデータがないので、やむを得ず施行する 場合は、HLA抗体等の存在を十分に検討して慎重に施行すべきである)である。

PNHは一部の症例を除き、一般的に長期予後良好な疾患であり、その経過中に自然寛解することも報告さ れているので、移植の適応は慎重に検討されなければならない

現時点では、血球減少症の進行(+それに 伴う合併症の出現=感染、出血など)、溶血による頻回の輸血、そして一部の症例では繰り返す血栓・塞栓症などがPNHに於いて移植を適応とする主な理由である。現実的には、このような長期予後不良と考えられる病態の早期に移植を位置付けることが望ましい。  しかし、エクリズマブの導入によって、この移植適応(理由)は「エクリズマブの効果が不十分でこのような合併症が認められる症例」とすべきかもしれない。また、若年者でlife-longなエクリズマブの治療への経済的負担が大きい場合も移植の相対的適応となるかもしれない

血栓溶解剤・ヘパリン

PNHの血栓症は、動脈系より静脈系に起こりやすく、エクリズマブ治験に参加した195名の治療前の評価では、動脈血栓が15%に対して、静脈血栓は85%であった。急性の血栓イベントに対しては、ヘパリン(ま たは低分子ヘパリン)による抗血栓療法が必要である。さらに、生命予後を左右するBudd-Chiari症候群などの重篤な血栓症に対しては、より積極的な血栓溶解療法(組換え型組織プラスミノーゲンアクチベーター) を考慮する【III】。その際、骨髄不全による血小板低下を認める場合は、出血の合併症に配慮する必要 がある。

ワルファリン

HallらはPNH163例において血栓症のリスクを後方視的に検討したところ、29例が血栓症を合併していたと報告した(観察期間の中央値6年)。

PNH顆粒球の割合が50%以上および50%以下の血栓症合併の10年危険率は各々、44%および5.8%であり、前者の頻度は有意性をもって高かった。ワルファリンの投与禁忌がなくかつPNH顆粒球の割合が50%以上で、初期の段階からワルファリンの予防投与を受けた39例では、血栓症の合併は全く観察されなかったが、一方、ワルファリンの予防投与をうけなかった56例での10年血栓症発症率は36.5%であり、前者の頻度は有意性をもって低かった【Ⅱa】。PNH顆粒球の割合が高い場合、静脈血栓症の発症の危険性が高くなるので、ワルファリンによる初期段階からの予防を要する。 しかし、Audebertら【III】やMoyoら【III】の報告によれば、ワルファリンおよび/ないしは抗血小板薬の投与にもかかわらず、血栓塞栓症の進行や新たな血栓塞栓症の出現が観察される事もある。また、ワルファ リン投与による致死的出血も含む出血傾向の出現の頻度はPNHでは約5%以上ある事も報告されてい る。  静脈血栓症に対するワルファリンの予防投与はPNHクローンの割合が高いPNH症例ではワルファリンの投 与禁忌がない場合、出血傾向に充分に注意を払ってなされて良い治療と考えられる。ただ、最近のHillmenら の報告ではエクリズマブによる血栓症発症に対する予防効果はワルファリンをしのぐ効果であるとしており、 その選択にはさらなるデータの集積が望まれる【Ⅰa】

まとめ

長期的予後はよい症例も多数。自然寛解も報告あり。

輸血が継続的に必要な患者:エクリズマブの適応。それでもだめなら移植を考慮。

唯一の根治治療は移植だが、生存率がそこまでよくない。エビデンスが少なく移植の明確な基準がない。

 2019年9月29日

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